岩倉瑞江×市川麻衣子 SPECIAL TALK

2017年2月1日、SPORTIFFからニューブランド「aise(アイセ)」がデビューします。
ファッションディレクター市川麻衣子さんをお迎えし、ニューブランド「aise」から
海沿いと都会のクロスオーバーなライフスタイルを提案していきます。

岩倉:私は茅ヶ崎生まれ茅ヶ崎育ち。市川さんは、現在鎌倉にお住まいですね?

市川:鎌倉に住んで3年になります。それまでは東京の代官山で自分のブランドの会社も自宅から歩いて数分の所に構えていていましたが、生まれは横浜なので、出身は神奈川なんです。

岩倉:ファッションの世界に入ったきっかけは?

市川:子供のころからとにかく服が好きでした。私の母は編集の仕事をしていました。食やインテリアのスタイリングの担当でしたが、子供のころからファッション誌が身近にあったんです。そういえば、私の母は、お母様のフローレンスさんにとても憧れていたそうです。

岩倉:雑誌のお仕事をされていたらご存知かもね。当時、フローレンスはファッションモデルもしていただけど、テーブルやインテリアのスタイリストとしても雑誌に出ていたから。

市川:姿もセンスも、いつもとても素敵だったと、いまだに母の話に出てきます。

岩倉:そう言っていただいて嬉しいわ。

市川:私は一人っ子なのですが、編集者としての母の影響もあり、女性が働くことは素敵なことだと教わって育ちました。ファッションに興味が増していく中で、私は作る方が好きなんだということに気づきます。おしゃれをするのも好きなのですが、ミシンを踏んで好きな洋服を作ることが楽しくてしょうがない。お誕生日には、業務用のロックミシンを買ってほしいとねだったような小学生でした。

岩倉:私と似てる。私も子供の頃、母が海外のELLE やセブンティーンを毎月購入していて、その雑誌を見て育ったの。母はハーフモデルだし、ファッションへのこだわりは相当でしたね。私は、3人兄弟の末っ子なんです。それも女の子だから、両親にしてみれば可愛かったんでしょうね。父も銀座の子供服屋さんで、ドレスみたいなワンピース買ってきたりして、よく着させてくれました。その影響が今の仕事にとても役立っていると思います。今、娘がファッション関係に進みたいということで文化学園大学の1年生なのですが、あの子も自分の洋服を作って着ています。自分の洋服だけでなく、ディズニーの衣装を仲間と一緒に作ったりしてとても楽しそう。パレードの衣装とかね。写真も好きで、望遠レンズつけたカメラでパレードの写真を撮ってきては、その写真見ながら衣装をまねて作るみたいで。ただその衣装の完成度がすごくて本物の完全コピーなんです。私の10代の時より全然すごいの!

市川:娘さんもファッションに興味があるんですね。私も娘がいるので、理想の母娘像です。

岩倉瑞江×市川麻衣子 SPECIAL TALK

岩倉:最初はセレクトSHOPに入社されたとか?

市川:そうなんです。両親は大反対でしたが、私にはファッションしか考えられませんでした。反対を押し切って、セレクトSHOPを新たに立ち上げる会社に入社しました。世界中のハイブランドを扱うセレクトSHOPでした。販売員として入ったのですが、オーナーご夫婦が、私を娘の様に扱ってくれて、バイイング、PR、営業など、何でもやらせていただきました。20代前半に名だたるブランドを扱えたことは、とても良い経験だったと思います。特にバイイングは、当時ファッションの中心だったパリにコレクション毎に連れて行っていただきました。デザインはもちろん、質の良さ、ディテールのこだわりなど、ファッションについての知識は、ハイブランドのバイイングで養われたと思います。
パリのハイブランドも当時はすごく敷居が高くて、試着もできず、並んでいるものを見るだけで、数を付けてと言われたこともありました。ハウスによってコレクションは様々あるのですが、ある時、トップモデルがショ―で着用したコレクションの1点を試着させてもらえる機会がありました。ドキドキしながら着させてもらったのですが、あの高揚感は今でも忘れられません!着心地の良さ、鏡に映る姿、もう天にも昇るような、すごい気持ち良さを今でも覚えています!ファッションの力とはそういうことなんですよね。

岩倉:うんうん!

市川:着ると気分が上がる心地よい服。私はラッキーにも20代前半にそういう経験をさせていただきました。その経験が今に生きています。

岩倉:私は、カフェ「Bread & Butter」というカフェを自宅の敷地で経営していたころ、古い足踏みミシンで「Beach Girl」という名前で洋服を作って、友人に売ったりしていたの。私の場合、専門の学校に行ったわけでもないから知識とか技術がなくて、ゴムのビョ―ンビョ―ンのウェアばっかり。でも他にはない感じで可愛かったんですよ。結構人気がありました。その後、家の事情で「Bread & Butter」をたたまなくてはいけなくなって。引越して自立しなければということで、通り長屋の一軒を借りることにしました。昔の「SPORTIFF」の店舗です。そこの大屋さんから飲食はダメよと言われてしまい、それなら洋服作ろうと。当時テニスにはまっていたので、かわいいテニスウェアを作ろう!と思って始めたのが「SPORTIFF」の始まりです。

ご自身のブランドの立ち上げはセレクトSHOPの後ですか?

市川:セレクトSHOPで色々なお仕事をさせていただいた中で、PRと新しいブランドの立ち上げのお話をいただきました。転職する気はなかったのですが、どちらにするかすごい悩んだ結果、新しいブランドのファッショディレクターをお受けすることにしました。30歳でしたし、多分転機だったのだと思います。
もともとMen'sの「WJK」があり、その女性版を作りたいという依頼でした。そこで作ったのがWOMAN'Sライン「WJKW」です。

岩倉:スタッフは何名くらいでした?

市川:「WJKW」は年4回の展示会を開催していたので、年間400点のコレクションを用意していたのですが、私とスタッフ2、3人で回していました。

岩倉:すごい。私も同じように数人で始めましたが、自宅兼事務所でウェアを作っては、1FのSHOPで販売していました。しかし、洋服作りもアパレルSHOPの経営も独学でしょ。最初は、お手伝いしてもらっていたSHOPスタッフのお給料が払えなくて、自分で出稼ぎに行って、そのお金でお店のスタッフのお給料を払ったこともありましたね。テニスウェアを夜なべして縫製して、当時流行っていたテニスSHOPに納品したり。懐かしい!
そんな状況なのに、素材にはとてもこだわって、最初からオリジナル生地を作っていたんだから、怖いもの知らずですよね。オリジナルだからロットがあって生地が余るでしょ。置くところがないので2Fの住居スペースに反物を持ちこんで、仕方ないから、反物をベッドがわりにして寝てましたね。若かったですしね、今は怖くてできないですけど。

市川:私も素材には特別こだわりました。ハイブランドを扱った経験を踏まえて、国内のいい生地、いい素材を集めてました。

岩倉:大事ですよね。

市川:最初はテニスウェアだったんですね。「WJKW」には、1部スポーツテイストのラインも作っていたのですが、展示会を見に来ていた方が、そのスポーツテイストのラインを気に入り、スポーツブランド「anima」の誕生に繋がります。そこでヨガウェアとランニングウェアのデザインをしました。それがきっかけで、イベントプロデュースの仕事を依頼されたりして、お仕事が繋がっていきます。

市川さんがプロデュースしているヨガのイベントには、おしゃれで、たくさんのアクティブな女性が集まってますね。

市川:SHONAN BEACH YOGA WEEK」と「MARINE YOGA」などです。今年で3年目なのですが、年々回数が増えてきて、今年は湘南と横浜で開催予定です。様々なスタイルの先生方に共感頂き、自然とひとつになる気持ち良さをみなさんとシェアしたい!そんな思いで開催しています。ぜひ、みなさんも、ご参加ください。空の下のヨガは本当に心地よいです。

当時はかなり忙しそうでしたね。

市川:代官山の自宅と事務所は、歩いて数分ですが、365日1日中働きどおし、玄関に辿りついて、玄関で眠ることもしばしば。朝、そのまま目覚めてシャワーを浴びて、また会社に行くという毎日で、いつも髪が濡れていると言われたこともしばしば。そんな生活の中、結婚もし、子供も生まれました。出産ギリギリまで働き、出産後1ヶ月で仕事に復帰。でも、そんな過酷な生活を続けるわけにいかないですよね。それで、自身のブランドは一旦お休みし、ファッションディレクターのお仕事に専念することにしました。と同時に、家族とも相談して、仕事を続けるためには、母の助けが必要なんだと夫を説得し、母が住む湘南鎌倉への移住を決めました。

岩倉:私もお腹パンパンまで働きましたよ。産後の子育ても、どうしていいかわからなかったけど、親友に助けてもらいました。私は出産が遅くて42歳の時に生んだんです。親友は既に、子供を5人育てていたので、いわば子育てのプロ。強力な助っ人です。彼女の助けがなかったら、どうなっていたことか。本当に感謝しています。

岩倉瑞江×市川麻衣子 SPECIAL TALK

岩倉:海沿いへの移住は正解でした?

市川:大正解です。4歳の娘がいます。都内で育つ子供と海沿いのような自然の中で育つ子供とは、違うと思うんです。どちらがいいということではなく、それぞれ学ぶことが違っているように思います。私は、娘には、自然の中で遊ぶことで、のびのびと心も体もたくましく育ってほしいです。自然の中で学ぶことって多いですよね?自然のここち良さだったり、気持ち良さを身体で実感して、体感して、学んでほしいのです。
今日は、鎌倉から国道134号線を車で運転して茅ヶ崎に来たのですが、雪で真白に覆われた富士山がとても大きかったです。いつもきれいに見えるけど、今日は一段と大きくくっきり見えて感動しました。富士山を見ながら運転できるこの環境に感謝というか、年のせいですかね?若い頃に、こんなに感動しただろうかと思うものですが、きれいな富士山を海ごしに眺めながら仕事に迎える、この現実にとても幸せを感じています。

岩倉:わかります。私は朝マロン(トイプードル)と海に散歩するんだけど、そこに海があるだけで、「あ〜海だ」って気持ちがリフレッシュされます。そこに海があるだけで、幸せを感じますよね。ご家族も湘南移住には賛成でした?

市川:主人は東京生まれ、東京育ち。バリバリのサーファーなのですが、都内は、サーファーにとっては便利なんですよね。千葉にも湘南にも同じくらいの時間で行けるので、波次第で行き先を選べますし。なので湘南に住むのは、気が進まなかったようですが、今は、大喜びで湘南ライフを満喫してます。朝3時半に起きて、バイクで海に行って、帰って私達と朝食を取って、それから都内に出勤しています。始発なので座れるみたいですし、すごく快適らしいです。私もサーフィン大好きなので、休みの日は、まず夫が波乗り行って、満喫したら娘と合流して、私が入る番という感じです。都内に住むと週末サーファーですが、結果サーフィンの回数は増えていますので、サーファー夫婦としては大満足です。

岩倉:サーフィンはいつから?

市川:それこそ都会での20代の生活は、サーフィンもしていないし、海なんて皆無。日傘差して歩いていました。サーフィンのきっかけは、セレクトSHOPで働いていた時に、社員旅行でハワイに行った時に、同僚の子がサーフィンをしたいから一緒に行ってと誘われて。社長からも一人でサーフィンはダメと言われたので、私も一緒にやることにしたんです。そしたら、ハワイの波にすぐに乗ることができて、しかも楽しくて楽しくて。そこではまってしまいました。それ以来、サーフィンを本格的に始めるようになったのですが、自分の中でも生活の価値観や基準が変わってきました。それまで、365日夜昼なく全力で仕事をして、いつも睡眠不足でしたが、サーフィンをやりたいがために、オンとオフの切替えをするようになりました。身体を動かすことに心地良さを覚え、身体を動かすために、質の良い睡眠と、身体に良いものを食べようと心掛けるようになり、食するものも身体に付ける物も、オーガニックでナチュラルなものを、自然と選ぶようになりました。

岩倉:私は、50代で海デビュー。サーフィンはもう体力的に厳しいから今はSUPなんですけど、以前プロサーファーの友達に付き合ってもらって毎日海に出てました。サーファーは波なんてどうってことないでしょう?更にプロだから「平気平気〜」って言いながら先に行かれちゃうの。私は付いていくだけでも精一杯で怖くて怖くて。でも付いて行きましたよ。そのおかげで、今は一人でも烏帽子岩まで行って帰ってこれるようになりました。体力だけでなく、精神的にも強くなれた。修行ですよね。その彼が亡くなってしまって、それ以来ご無沙汰になってしまったのですが、また再開しようと思ってます。50歳まではプールばかりで、塩水なんて汚―いって思ってたけど、今となっては、もっと早くこの海の気持ち良さを知りたかったって思います。

市川:私もです。もっと早くにサーフィンに出会っていたら、人生もっと違ったかもと思います。

海にはデトックス効果があると言いますね?

市川:あると思います。子育てしていても、仕事の時も、いつも何か考えてしまう。ただ、自然の波の上では、波に集中しないと乗れないですよね。危ないですし。その時は、何も考えられない「無」の状態。ただ、次の波を待つ。その考えない時間がいいんだと思います。海からあがると、脳も心もスッキリしてます。天然のデドックス効果は間違いないです。

最後に、SPORTIFFがこれから伝えたいこと発信したいことはなんですか?

岩倉:SPORTIFFはやっぱり、他にはない色と柄とこだわりの素材。この37年間、マイブームを色んな形で発信してきたけれど、SPORTIFFならではのものを提案していきたいです。そして、ブランドはエイジレス。私は18歳の娘と、洋服を共有しています。でも同じアイテムでも着方が全然違う。それでいいと思うんです。年齢も、サイズも、身体の形も千差万別。同じ洋服を同じように着るだけより、その方が面白いじゃない。そう思うんですね。年齢に関係なく、その人なりに着られる服、エイジレスな服を作っていきたいなと思います。それと、お年頃の私としては、ジュエリーね。母や祖母から受け継いだジュエリーを最近身につけられるようになりました。若い頃は、ゴージャス過ぎて恥ずかしかったけど、今は大のお気にいりです。SPORTIFFみたいなカジュアルなウェアだからこそ、そこにゴージャスなジュエリーをプラスして、自分を光らせるの。気持ちが上がります。髪も白くなり、肌にもシワが。それはそれで素敵なことだと思いますが、やはり気になりますね。経験豊富な淑女に見せるには、本物の光ものを一さじ。私は、一さじどころか、最近は安いものと高価なものを取り交ぜて重ねずけしていますけど、ラフなスタイルが、それでピリッとします。同世代の皆さんにはぜひおススメしたいです。今、そのジュエリーコレクションに向けて、猛勉強中です。お楽しみに!

aiseが伝えたいこと発信したいことはなんでしょう?

市川:自然の心地良さだったり、身体で感じて育つことと同様、服でも自然を感じられるよう、海沿いの心地よさを都会へ、都会のモード感を海沿いへ。海と都会のクロスオーバーなライフスタイルを提案してきたいです。具体的なセグメントを突き詰められしまうと、サイズ感だったり、パターンから、SPORTIFFの次世代的なリアルアラフォー30〜40代となるかもしれませんが、私も、年齢というよりは「マインド」を重視したいです。もちろん、心地よい素材とシルエットは絶対のこだわりをもっていきたいと思ってます。

「SPORTIFF」と「aise」による、心地よいライフススタイルの提案が始まります。どうぞ、宜しくお願いいたします。

市川麻衣子

MAIKO Ichikawa
神奈川県横浜市生まれ。鎌倉市在住。ファッションデザイナー、ディレクター。
神奈川県のビーチエリア活性化プロジェクト「かながわシープロジェクトFEEL SHONAN」メンバーであり、
ビーチヨガ実行委員会プロデューサーとして湘南を中心にイベントを開催。http://shonan-yoga.com/
サーフィン、をライフワークとし、目下の関心事は愛娘(4歳)と愛猫KONA、そしてオーガニックビューティー!
[ELLE BLOG] http://blogs.elle.co.jp/ichikawa
[Instagram] @maimaiichikawa

PAGE TOP